めぐりズムと瞑想

目の疲れには蒸しタオルですが、蒸しタオル作るとか片づけるとか洗うとか、そんな面倒なことをこの私がするわけがなく、あと蒸しタオル最初熱すぎるしすぐ冷めるし冷たいと辛いし微妙と思っていたところにこの商品。ロングヒットですよねめぐりズム。


カイロと同じ要領で発熱させて+蒸気を出させるということで、お手軽清潔あったかくてきもちいい。寒くなってきたので昨日やったら大変幸せでした。
めぐりズム 蒸気でホットアイマスク 無香料 14枚入


サイトに行ったら他にも色々種類があった。へえええ。


あともう一つ、私が出来る訳がないのが瞑想でして、なんか落ち着いて目を閉じてじっとしていようとするとすぐ飽きて目を開けてスマホいじっちゃう。もしくは寝ちゃう。


ところが!このめぐりズム。あまりにも気持ちが良くて外したくないのでスマホ欲が負けるんですな。なんと!


それでも眠いときは寝ちゃいますけど、眠くないときにやるとすごい。私が今までやれなかった「目を閉じて寝ないでそのままじっとしている」が10分間出来る!


快挙過ぎて昨日笑いました。めぐりズムしながら。


その時間に私がやっていたことが果たして瞑想だったのか、よくよく考えるとあまり記憶にないんですが(それは寝てたのでは)、さておき重要なのは、目を閉じてじっとしていることを10分続けられたということ。


10分ですよこの時代のこの私の人生に。


それってきっと目だけじゃなく脳にいいなあと思ったのです。


起きていてちゃんと休息ってむずいからねこのチカチカした日々。

真空タンブラーとDrinklip

夏の間はアイスコーヒーに氷を入れてずっと飲んでいた私ですが、とにかく結露して机が水浸しになるのが嫌で。コースター置けよという話なんですけれども、コースターが濡れるのもいやああ。


ということで雑貨屋で見つけたDrinklipを買った。
::Drinklip::SMART EXTENSION FOR YOUR SPACE
(↑は本家サイトだけどAmazonとかで売ってます)

すごく良い。机の上のコップ類をことごとく倒してきた私としてはなぜこれを早く使わなかった。ついでに机が若干広くなった気がする。素晴らしい。
(引き出しがついてる事務机だと使えないかな。無念)


ただ、ひとつ問題があって、それなりの深さがあるので把手が付いたカップが使えなかった。マグカップとかだめ。
で、出かける夫に頼んだら適当にタンブラーを買ってきてくれた。これだった。

「ありがとう!」(色気ないけどまあいいか)って使い始めたらすごかった。アイスコーヒーに入れた氷が半日溶けない。そして全く結露しない。あれええなにこれ。
電気屋でワゴン売りされててなんだか分からないというのでレシート発掘して品番を調べたところ、これだった。


山善(YAMAZEN) 保冷温マジックタンブラー マット仕上げ 真空タンブラー ITD-450(MT)


実感、もっと溶けない。すごい。冷たい。夜氷入れてベッドサイドに置いて朝になって全部溶けてない。起き抜け冷水いける。


真空タンブラーという商品、いままで全く目に入ってなかった(多分デザイン的にだと思う)けどすごいな。すごい保温保冷力なんだな。びっくりした。
いろんなメーカーが作ってた。きになる。


結露しないのでじゃあDrinKlipじゃなくて普通に机の上に置いてもいいんじゃないかというと、タンブラーという形態は私が一番倒してきたあれなので、やはりホルダーは必須。


ということでこの最強な組み合わせに助かった夏でした。冬も楽しみ。

一度設置したら乗り換えるのが面倒な月一配達系よりAmazonのウォーターサーバーが気楽だった

東日本大震災の時の水クライシス(脳内)以降、雨後の筍のように増えた気のするウォーターサーバー商売、至る所で斡旋の嵐を見る。代理店になると販売手数料が結構いいのかなあ、電器屋さん、引っ越し屋さん、コピー機やさん等々、いろんなところが窓口になって売ってる。ウォーターサーバー比較サイトなんかも手数料入るのかな。

うちも導入したいなということになり、色々比較したり入れてみたりしたんですが、たいていのところが、サーバーレンタル代は無料だから毎月1本は送りつけてくる形態で、コンスタントに消費できるならいいんだけれどもうちだとちょっとだぶつきがちになった。

あと、当然ながらウォーターサーバーと水の供給が分離していないので、ウォーターサーバーを選ぶ=水を選ぶということになってしまい、たとえその水の味に飽きても変えられない。

と、知らなかったんだけどAmazonでもウォーターサーバーを扱っていることが判明。

【Amazon.co.jp限定】買い切り型卓上ウォーターサーバー


サーバーは買い切り、水はその都度購入。しかも10種類あって選べる。

これでいいじゃん。


ということで使っていたウォーターサーバーを送り返し(1年だか以内に解約するとなんとか金がとサイトに書いてあったけどそんなこと代理店の営業の人は一言も言っていませんでしたと伝えたらなかったことに)、乗り換えました。

(これもjwaterという水屋さんのものなのだけど、Amazon用はAmazon用として商売形態が違うのかな。なんにせよAmazonに結構払ってそう)

今の所快適に使っています。ウォーターサーバーって衛生面どうなのというのがあるんですが、これの場合は

ウォーターサーバーには、ドイツの特許技術・抗菌用接触触媒「AGXX」を採用しているため、サーバー内に発生しうる一般細菌を除菌します。また、別売の微酸性電解水メンテナンスキット「リフレッシュサーバー」の使用により、サーバー内のタンクや配管の洗浄が可能です。いつでも安心・安全に使用することができます。


だそうです。

たまにやる気出した時以外は作動音も静か。あと水のパックも1パックが6.2リットルで、女でも持ちやすい替えやすいってのもいい。だいたい他のところだと(月1で送る縛りなもんだから)12リットル〜が多くて。重くて運ぶのすら面倒なのです。


検討するときはレビューが結構参考になります。漏水してる人のは初期不良なのかな。うちのは普通に使えたので、個体差というか、当たったらさっさと交換する気で最初見張ったらよいかも。
確かに水のセッティングは珍しいタイプ(水パックをガタンと落としてニードルに刺す)なのでコツがいるかもしれない。

水のパックがどうも2種類あって、エコパック(ただのビニールだかポリエステルだか)とBIBパック(ニードルを刺す場所にプラスチックが嵌っている)があって、100%の漏水防止を考えると後者のほうがいいかもしんまい。



他社の方が水が出る速度が速いとか水が冷たいって人がいるけど、それは電気代とバーターなので。自分は充分な速度だし充分な冷たさだと感じる。
あと意外と空焚き(水を入れる前に通電)してキレてる人が多いけど、梱包を解くとものすごくたくさん、あらゆる目に付きやすい所に結構なフォントで注意書きがされてるのにそれを全部スルーして空焚きした人達なのでそれはあれ。
(クレームが先か注意書きが先かは分からねど)

auユーザーでそんなにめんどくさがりじゃない人は銀行と電子マネーに申し込むと地味にえらいお得

(noteに書いてみてたんだけど別にここでいい話だったので引越した記事です。このあと数件分はそれです)

じぶん銀行」っていう、三菱東京UFJ銀行KDDIが共同出資でやってる銀行があって、携帯とかスマホとか、手元で銀行的なものを済ませようぜみたいなコンセプトなんですが、当たり前だけどauユーザーならそこそこ便利(携帯電話番号でお互い振り込めたりとか)だけどそうじゃないなら別に三菱東京UFJ銀行でいいや、と思っていたところうっかり今auなので使うことにした。auだと相当お得ですのでおすすめ。

ATM手数料と振込手数料が無料

プレミアムバンク for auということで提携ATM(セブン銀行、ローソンATM、Enet、三菱東京UFJ銀行、ゆうちょ)での入出金手数料がいつでも無料。
あと振込手数料(他行宛てでも)が何度でも無料。
振込手数料無料、だいたい月の回数制限があるところが多い中でがんばるなーと。野村信託銀行(振込手数料が月30回まで無料)とかも素晴らしけどこういう銀行はなんかこうスマホでちょちょいとみたいなあれではないので・・
もちろんいつまで続くか分らないけど、頑張っていただきたい。

ちなみに、三菱東京UFJ銀行に口座もってたら、そことじぶん銀行の間の振込みは常に手数料無料なので、入金は振込みでもよい。
ところで合併前は「とうみつ」って呼べばよかったこの銀行、今はなんて略されてるの。

au WALLETへのチャージで無限に5%+される(年末まで)

au WALLETが何かといいますと、auが発行してる電子マネー。1電話番号(auID)につき1枚作れるっぽい。MasterCardの加盟店だったら1回払いのクレジットカードっぽくも使える。プリペイドなんだけど、Suicaとかと違ってカード自体じゃなくてサーバーに残高情報があるタイプだから、落としたりしたときに無効にしやすい(気付けば)。
そうは言ってもクレジットカード使えればクレジットカードの方が便利なんでこういうのどうでもいいんだけどしかし、「じぶん銀行プレミアムチャージキャンペーン」というのを年末までやってて、これ、じぶん銀行からこのau WALLETにチャージすると常に5%足される。1回のチャージが25,000円が上限なんだけど、25,000チャージするとau WALLETの残高が1,250円足された26,250円になる。
いまどきクレジットカードのポイント還元率だってすごくよくて2%かなーって時に常に5%ですからね、年末までクレカよりこっち使うかな的な(ルミネカードのルミネで買うならいつでも5%オフたまに10%オフも好きだが!)。
ただau WALLET、チャージ上限が(足された分含め)10万円。クレジットカードとして使えたとしても10万以上のものは買えません。
ただし使ったらまたチャージ出来る(月10回まで)ので、たくさん使う人はたくさんチャージしたらとてもお得なんではなかろうか。年末までは。

注意事項

じぶん銀行au WALLETとも自分のau IDと紐付ける必要があり、ひとつのじぶん銀行アカウントからチャージ出来るau WLLETは1枚まで。たとえ同名義で複数回線(複数au ID、複数au WALLET)持ってても、じぶん銀行が1アカウントならそこからチャージ出来るのは同じau IDと紐づけたau WALLETだけ、だと思う。知らんけど。たぶん。

じぶん銀行au WALLETともスマホアプリをダウンロードして使うと便利。便利だけど最初の設定で両方ともau IDと紐付けが必要なので、せめて自分のau IDとパスワードを覚えてる人じゃないと辛い。

au WALLET、クレジットカードとしても使えるところでは使えるというのが便利なんだけど、今noteのマガジン購読で試してみたらだめだった。本当はプリペイドカードだから継続的な課金する系のクレジット決済ではだめなのかな。そんな記事をどこかで読んだ。まあ他にも跳ねられるところはあろうと思う。ただ、使えるところの方が多い。ちなみにAmazonでは使えました。

そんな感じで。

秋ですね。私の趣味はカード申込みなどの事務手続きです。

しかし、大昔の銀行金利とかと比べてるとこの5%が輝いて見える現在ってのはどうなんですかね。悲しみ。
うちの義母は何かで銀行手数料を払う羽目になる度にちゃんと係の人に「おたくの銀行の金利増えもしないのによくも手数料だけ上げるわね」って伝えてて偉いなあと思う。まー手数料分の預金金利もらおうと思ったら大変なことである。

家族と帰属

70代前後の世代の話を聞くと、奥さんは家のことは何でも知っているんだけれど、対して旦那さんは冷蔵庫の中の調味料や食器の場所はもとより、
家の中の家事の段取りからゴミ捨てのスケジュールに至るまで何も把握していないしする気もない、という完全分業の夫婦がわりとある。
別に旦那さんが亭主関白というわけではなくて、細かく命令されると頑張ってやってくれるんだけど、自分が家計を運営するという当事者意識はないので、
家計の段取りをする側には永遠に回らない。


このポジションなにかに似てるな―と考えて思い出した。
子供と一緒だ。


家族が自分の都合を聞くことはあっても、自分が家族の都合を聞くことはない(遊びに行きたいとか車使いたいとかそういう自分の為以外で)ポジション。
自分の予定が家族に影響しないから、遊びに行こうが旅行に行こうが友達とご飯食べに行こうが自由で、家には居たいときはいくらでもいて、居たくないときはずっと居なくても構わない。
家は、自分が帰属する場所、帰る場所であって、自分が全力コミットで運営する場所ではない。それは誰か他の人の職分で、自分は所々、都合のいいときに手伝うだけ。
でも家族である権利と恩恵は享受する。そんな立場。


人の人生の中で、家族に帰属するだけじゃなくて運営をする側になるポイントってどこだろう、と考えたとき、まあとりあえずは結婚、だろうと思う。
ただ、人数2人の家族って、結局相手がどうするかと自分がどうするかだけの問題だから、ぶっちゃけお互い好きにしてたって別に支障はない。
となるとやはり、子供が出来てからだろう。
もしくは親と住んで、かつ、運営のメインの世代が自分達側である場合。介護フェーズとか。
まあ別に血の繋がりは関係ないので、どういう構成でもいいんだけど、とにかく3人以上で共同生活をするというシーン。


で、家族の運営側になると何が制限されるって、自分の都合だけで動けない。
3食誰かに食わすとか、家を快適に保つとか、そういった他人の生活を支える側になるので、
今日夜中まで遊びに出ちゃおうーとか、まあいいか1週間くらい掃除しなくても、とかが難しい。
休業するとキレられるコンビニみたいに、回っているのが当然なのが家計なので。


で、冒頭の上の世代。奥さんは家族の運営側、旦那さんは帰属側。
二人で運営の当事者を担っても良さそうなものなのに、綺麗に分業している。旦那さんが定年してそちらの「業」が終わっても、奥さんだけがずっと。
大変だなあと思うけど、ここは自分達の世代の話ではないので好きにすればいい、というか個人的にどうでもいい。


気になるのは自分達の世代。
女性はね(嫁に行って義母にご飯作ってもらってる私みたいなクズを除いて)、社会的要請が元々あるから、すんなりと当事者になりやすい。
子供が出来ようもんならどうしたって子育てのメインを担うし(同じスペックなら男が働いた方が給料がいいことが多いのでこの国)。
ただ、男性ね。これ2種類いるんだなあと思った。


子育て中の友人(女)が先日言っていた。仕事が大変なのは分かるけれど、旦那さんが自分の都合だけで予定が決められる(と思っている)のが羨ましいって。
その話を聞いたとき、私は何で相談しないんだこの子の旦那め、と憤ったんだけど。
やっと分かった。その旦那さん、帰属の意識なんだ。上の世代の人のように。


自分が帰属していた家族の意識のまま、「母さん、俺今日外で飯食ってくるわ」って言うだけでよかった家族の意識のまま、当事者意識もなく「自分の家族」を「持って」いる。
他人の予定を気にして、他人の予定に合わせて自分の予定を決めるのは奥さん(=お母さん)の側だけ。
意地悪でそうしてるんじゃなくて、自分がずっと家族に対してそういうあり方をしてきたのを、素直に踏襲している。
もしくは父親がそう振る舞ってきたのを疑うこともなく真似している。
家の運営は奥さんに「相談される」案件であって、自分は当事者じゃない。
だから自分の予定は、自分だけで決める。好きに遊んでいた、高校生や大学生の頃のように。
たとえば奥さんがここ数日具合が悪そうで洗濯物がたまっていても、家の運営の進捗を見張る視点がないから、具体的に頼まれない限り、じゃあ自分が洗濯しよう、という考えが浮かばない。


これなー。せっかく大人二人いるんだから、もったいないのね。
家族の運営、一人でやってたらその人が倒れたらなにも回らなくなってしまう。
二人ともいるのなら、二人とも当事者でいいのにね。
大人が三人いれば三人が当事者でいればいいし、四人いれば四人。
その方がお互いが楽だし安心だし任せられるし、格好いい。チーム家族って感じ。


大人の定義って、社会の当事者である(社会の運営の側であると自覚している)ことだと思っているんだけど、そのあり方の最小単位が、家計の当事者なのかもな。
まずは自分の家族で、運営側に回ってみる。
上の世代がナチュラルに分業していたせいで我々があまり習う機会がなかったけども、こういう教育ってこれからは意外と大事かもしれないと思った。
帰属するだけだった「家族」と、きっと違う世界が見えるし、どうせコミットするなら運営の方が楽しい(楽じゃないけど楽しい)ってことも、味わえる気がする。

いかにして失恋から立ち直るかについて雹の日にトラバ

(元に合わせて改題)ほとぼりが覚めたころに突然のトラバ。


いかにして失恋から立ち直るかについて雨の日に考えてみた: 極東ブログ


――その節は失礼いたしました(いろんな箇所ですごい笑ったw


tweet探すの大変だったけど、これはまあそうだなあと思います今でも。
ちゃんみつ on Twitter: "男の失恋ってやっぱり女とは違うのだろうな。自分にも手痛い失恋とかあったけれどその相手に
いま会っても楽しいだけでわだかまりとか微塵も湧かないしもっと言うと興味がない。昔好きでよく行ったなああのラーメン屋さん、ってのと区別がつかない。"


私ごときが恋愛について語れることがあるわけがないんですが、よく言われててわりとみんなが納得してる「女は上書き保存で男は別名保存」だとか、
あとは、受精するときの膜融合?に精子一匹がたどり着いた途端他の精子が全部ブロックされるとか、そういうことから判断するに、基本的には一人の人にぱああって好きになるようなホルモンになってるんじゃないかと……知りませんけど。


でも多分だいたいホルモンのせい。
ホルモンが先か感情や思考が先かというと、多分にホルモンに左右されつつも、相互作用だとは思いますが。


女も別に長く失恋は引きずるけれども、次に本気で好きな人に出会っちゃったらもう過去の失恋はどうでもいいだろうなー。まあ自分が一般化できるとは思っていませんが(ねにもってない)なんかそう思う。



かたや、男性の失恋はなぜ残ってしまうのかというと、まあもちろんもともと同時に複数を愛せる性なのかもしれませんけれどそれはさておいて、
最終的には『自尊心』な気がします。


「この俺が振られるなんて!」とかじゃなくて。本当に、自分という存在に対する疑問。
己が信じ、己が信じた相手に信じられていると信じていた自分という存在が、最終的に受け取られなかったという帰結への「なぜ」。


魂を返却されたような気分になるのではないかなあ。
あなたは、わたしの、運命ではなかった、と。


もちろん女も同じ思いをするわけですが、どうもそのような自尊心というか理性というかを瞬間最大風速で追い越すホルモンの竜巻が発生するとその辺はどうでもよくなることがあるといいますか……


今更finalventさんの結論に反論するわけではないのですが、、男の人にとっての解決法は多分、

過去の失恋の対象をなつかしのラーメン屋化すること

いかにして失恋から立ち直るかについて雨の日に考えてみた: 極東ブログ

ではない気がします。
というか、出来ない気がするw
だってさ100人いたら100人にモテたいと思うのが男じゃん(そうでもない??)。
女みたいに興味ある人1人に好かれれば他はどうでもいいやっていうんじゃないから、たとえ興味がない相手でも1度でもリジェクトされたら、たとえその後100回モテてもその1回の記憶って消えはしないと思う。
ましてや一度魂を預けた人に返却された記憶っていうのは。たとえその後にもっと大きく受け止めてもらえても。



かといって自分に結論があるわけではないんですが、多分この話をしてたころより後に見た映画(何だっけ!!)で誰かがうまいこと言ってました。



運命の人は二人いるそうです。一人目は愛することと別れる辛さを教えてくれる人。
二人目は、永遠の愛を教えてくれる人。




――ひとが失う経験をしなければいけない理由ってなんなのかなあって思うけど、悲しみはないほうがもちろんいいけど、でも、失う経験にすら、出会えない生もたくさんあるんですよね。



魂を返却されることによって生きながらに死んだような気分になれるのが失恋の醍醐味ですが、そこまでになると、さすがに失う前には見えなかった世界や自分に出会うのは確かであって。
そりゃあもういちど死んで生まれ変わったのではないか自分、というくらいに。



だからってこういう理屈が立ち直る……よすがにはならないけれど、
失うことのあったひとの生は少なくとも、失うを得ることを許された、生きながらに自らがいちど死ぬという課題を越えられるとみなされた魂の運命を持っていたのでは、と。

小林秀雄対話集 直観を磨くもの  読書メモ

直観を磨くもの: 小林秀雄対話集 (新潮文庫)

直観を磨くもの: 小林秀雄対話集 (新潮文庫)

最近自分でもバカだなーと感心することが増えた(ここ一年で本気で悔しかったのがスマホのゲームのボス戦であと一歩だったことだったりだとか)ので、なにかこう、頭のいい人のエキス(?)をもらえたらと思って読んでみました。
小林秀雄さん、もちろんお名前や教養人だったり評論家だったりって属性知ってますけれども、本当に一作も読んだことがなくてですね。対談集から読むのはどうなのと思ったけど、この自己啓発的なタイトルに釣られて読むことにしました。
なんか面白かったです。
で済ますと一つも覚えていないだろうと思うので、もう一度読みがてら感想を残そうかと。
多分こういう本、意識高い人しか読まないと思うんですよ。
底辺が読むとこうなる、みたいな感想だってあってもいいじゃない。要らないよね知ってる。まあ自分のメモです。
このエントリに、しばらく一対話ずつのんびり書き足していきたいです。

三木清「実験的精神」(1941年8月『文藝』掲載)

哲学者の方だそうです(存じ上げずごめんなさい)。
怒られるかなあ、戦時中に対談とかするんだ!しかもパスカルの話とか!っていうのにまず驚いた。すみません。
うーんイメージ出来ない。第二次世界大戦というものをもっと実感を持って知りたいなあとまず思ってしまった。
実感以前に表面的な歴史も知らないんであれですが。


パスカルには物事を原始的に考える実験的精神があって、というような話から、本を読むことが学問であるとするかのような教養主義の批判へ。
その対象に向かっているのは自分であると。そして自分の境遇は、立場は。その特殊性は。
そして誰かの本を下地に論ずるのではなく自分が事実にきちんと向き合うべきだ、というような話。
じゃあ実際どうやるの?と聞いてみたい気もするけど言いたいことが分かるには分かる。
でもさ、自分より頭がいい人がどうせ過去に一生懸命考えてるじゃない、と思うと本読んだほうが早いというか、それでいいじゃんみたいになるんだよね。
もしくは1,000冊読んでから自分の考えを考えようみたいな。車輪の再発明は要らないわけですし。
……なんてことをやっているうちに寿命が来ちゃうんでしょうねえとしみじみしてしまった。


でも、そうね、自分の個性で学問をやるっていうのはいいかもしれないね(特に文系)。
結局後の人は、その人の解釈なりものの見方を、時代や文化を含めたその人自身との対比で見るわけですよね。
「この人にはこう見えた」と。
それでいいんだなあとちょっと思った。
何かを論ずるにしてもつい「多くの人の支持」や「普遍」とか「共通見解」になるのを求めるものだけれども、
そんな、八方美人な、もしくは網羅的な解釈がどれほどの価値があるかというと。
そんなものは思想ではなくて人間まとめサイトなのかもしれない。
偏ろうがバカだろうがとにかく俺は、俺のスペックと俺の価値観で今物事が、こう、見えてる、という個人的体系が一本筋通って出来てるほうが、後々に寄与しそう。
人には見えてるものしか見えないけれども、どういうものしか見えない人であったのかという個性さえはっきりしてれば、後の人はその偏りを補正して解析できるものね。


あとは、「これ一つ書いて了えば死んでもいい」と思うような気持ちでものを書かないと、という話とか、ディアレクティック(弁証法)批判とか。
対話だけあって論点がいくつか平行してて、断片はみんな面白いんだけど突き詰めているわけでもないのでむずがゆい(笑)。
ヘーゲルを逆(作り上げられた体系)から読んで理解するのは違うんじゃないのみたいなことを小林さんが言ったり。おおお同意である。
こういう意見があってこういう意見に否定されて最終的にこういう見解になりました、とか、そんな死んだ説明は思想じゃねえよみたいな(そこまでは言ってない)。


これ一つ書いて了えば……は、三木さんはこの対談の四年後に投獄され獄死されたそうなので、こんなに清らかに大きく穏やかにものを見ていた知性が、戦争の中で弾圧されて死んでいくというのがリアルに実感されて、すごく悲しくなった。

(2014/04/12)