『考える生き方』を読んだ。

こうやってブログ(じゃないのかダイアリーなのか)を書くのも久しぶりです。
(書き方忘れたのでだらっと行きます。)


大変遅ればせながら、finalventさんの本を拝読しました。



考える生き方

考える生き方



私がfinalventさんを知ったのは私がまだ全力ではてなを使っていた頃で、私が知るくらいだから多分既に有名人でした。
最初、思想の先生みたいな印象でした。ちょっと仙人っぽい感じ。
わたくしももうすぐ36歳らしいんですが、まだあの頃は20代だったりで、もうちょっと元気でした。
finalventさんのコメント欄やブクマで知った人とかとも仲良くなったりして、その縁はTwitterなんかで緩く繋がっていて、
自分にとってネットの一つのコアのような人です。
コアなんだけど一番よく分からない人(笑)。


私がはてなにもブログにも飽きてしまった後でも、ずっとネットの定点で思索を続けられている方。


finalventさんを通じて知り合った他の方々とは会ったり飲んだりして、お陰様で我々は親睦が深まったっていうのに
finalventさんはご本人はそういう所には出てきてくれそうにないし(そういえばTwitterやりましょうよというのもずいぶん絡んだ気がしますすみませんでした)、
まあそれはそれで萌えるのでまあいいかという感じで。
あ、そう、なんかですねネットアイドルだったんです私というか我々の中でfinalventさんて。萌え中年。
すっごい頭良くて何でも出来て何でも知ってるのに擦れずに優しくて弱くて中二っていう。理想です(何の)。


あと、作られる料理が美味しそう。
こういう旦那さんいたら楽しいだろうなあと思ってました。すごいめんどくさくてすごい楽しいと思う。
奥さんいたら絶対年下だろうなと思ってたんでそこは当たった!
(同年代や年下だったら鬱陶しいけど年上だと萌える性格ってあると思う。異論は認める。)



そんなfinalventさんが自分語りの本を出されたというので、おおやっと実体が!という感じです。
finalventさんを知らない人が読んで面白いかどうかは分からないけど、多分面白いと思う。
どういう人にとって面白いかどうかは後で書きます。



まず『考える生き方』という題名は、らしいなあと思いました。
上で書いたfinalventさんがめんどくさそう、っていうのは、finalventさんは一つ一つの行動に
いちいち理由が要りそうって(褒めてる)ことなんですけど、まさにそれを表しているようで。
その割には読みながら「別に考えてないですよね?」とか何回か突っ込んだ。
別に「先に」考える生き方って書いてないもんな(笑)。



立派な書評はたくさんあるだろうからもはや誰も見ていないだろうここで私は感想を書けばいいよな。



finalventさん、体系の人です。
体系として世界を把握する種族の人。学者さんに多いわけだけれど、全員じゃない。
学者さんのような人には、知に興味を持って知の対象に埋没したり没頭したりするタイプの人と、
自分との距離感で周りに知を張り巡らす人がいると思うのだけれど、後者だと思う。


(たとえば学者として)大成するのは前者の人だと思う。一点突破型だから。
いびつだろうが他がぼろぼろだろうが興味の対象に一直線で不安にならない人。
知を吸収するより知をクリエイトしてしまう性の人。いわば、素材みたいな人。
後の体系に組み込まれるべく、知の側から呼ばれているような人。
その人はそれだけやっていれば、足りないものは周りがどうにかしてくれる人。


後者の人は評論の人。知を整備する人。知に意味を与える人。歴史を丹念に追い、評価し、
現在をそれに照らして、それぞれの知を意味づけてくれる人。アーカイヴの意味を知っている人。
知をクリエイトするにしても、体系の補助線を引くように謙虚に、車輪の再発明にならない最低限のことだけをする人。



finalventさん、本の始まりで自分の人生を「空っぽ」って表現されているけれど、
本を拝読して、体系の人だから「空っぽ」に見えるんだろうと思った。
finalventさんはまだ、自分の世界観や人生観として張り巡らしたい知の体系の半分も埋まってないんだと思う。
埋まったとしても、体系って知の枠組みだから、世間に見える「成果」としては見えない。
自分の中に体系を持つ人と持たない人の違いって外からじゃ分かりづらいし。


で、そういう人、世の中に割といるのではと思った。
意味を一つ一つ、心の中に蓄積し続けているのだけれど、それは他の誰かを説得するためじゃない。
淡々と意味を受容していく人。
どんどん知識が溜まって、感情の揺れや愚かさを理解して、許して、優しくなって、その目線で世界を繋いでいる人。
少し、価値判断する人の孤独を抱えて生きている人。評論する人の、世の中の主体ではないことの孤独というか。
そういうものを持つ人に、とても響く本なのじゃないかと思った。


私もどっちかといえば、知を作る側というよりは体系側だと思う。ひどい劣化版だけれども。
あとfinalventさんの100分の1も物事に興味が持てない上に働かない残念脳なので、
知らない事は知ってる人に聞けばいいやと思っちゃうわけだけれども。



そういう人達は今の世知辛い時代だと何も世の中に働きかけてないように見えるのかもしれない。
保守的な人が多いから経済的に上手く立ち回れている人もそんなにいないだろうと思う。
そもそもこういうタイプの人は昔からお勉強が出来たはずで(知の体系を脳内に作れる人の方がお勉強は出来る)、
お勉強が出来るとはどういうことかというと頑張れば頑張るほどシステムの中で使われやすい人材になるということ。
システムの側じゃないのね。システムの側には「お勉強」だけじゃ辿り着かないから。
あと、学校の先生は全員システムに組み込まれている側の人だから、学校じゃ教われない。
というか先生達はシステムの側を知らない。
加えて親が二人とも公務員だったりサラリーマンだったりとにかく使われる側だと、
大人になるまでシステムの側の事を知らずに育つしね。地方の人なんてだいたいそうじゃないかな。私もそうです。



だから、一生勉強を頑張る。自分がより便利なように。よりよく使われるために。



私は、世の中にこれだけたくさんのビルがあるのに、その所有者の側に自分がなるという可能性は微塵も想像せずに育った。
所有されるために育ったのだろうな。地方ではそれを立身出世と呼びます。
(まあしかし私はそのより良く所有されるラインからも落ちこぼれた。すまん両親。)



あ、もしかしたらfinalventさんは知らないかも知れない。
世の中、わざわざ知を体系づけない人が半分以上です。これは私は結婚して知った。
結婚したら夫が何も考えてなかったて訳じゃなくて、理屈無しに私と同じ結論ってことがものすごく多くて。
どうやってそこに辿り着いたの?って聞いたら直感ですって。夫はそっちのチームだった。
提供出来る知がないからシステムの側にいるんだって。
自分には何もないから何かある人に働いて頂いて生きているんだそう。



彼は彼で空っぽ、だそうです。面白い。



私に世界のもう片方を見せてくれる人はfinalventさんではなくて夫だけれど
私の行く先にいる人はfinalventさんなんだと思う。
だからこの本は私にはとても参考になった。
自分の人生の色んなところで読み返したりするんだろうと思う。



そして、この本が要らない人、この本の意味が分からない人もたくさんいると思う。自分語り乙としか思わない人。
精神的にマッチョな人というのかな。特に体系の側じゃない人は、
知が何故これだけの喜びを人にもたらしたり人を支えたりするか分からないと思う。
そんなことよりも人生がやりたいことや作り出したいもの、消費したいコンテンツで溢れているもの。
要らない知は要らないよね。



(あ、でもねえ、自分の人生に自分が納得していることを記してくれる人って貴重ですよ。
昔、母の知り合いの女性が自費出版で自分の人生を綴ったっていうんで、義理で読んだんですけれど、
どんな自慢話をしてくれるのかと思ったら延々不幸が続いてて。それも避けられない不幸かっていうと自分から行っている感じの。
でも自伝を書くからには最後にどんでん返しが!と思ったら



「私はどこで間違えたのだろうか。」



で筆が置かれていまして。
何故そのタイミングでこの本を切り上げたのかと。
ここまで読んじゃった私はどうすればいいのかと。
怖くてその後一度も会えてませんその人に。
ある意味才能だけど。
今なら言ってやりたい。少しは評論して自分の人生を!!少しくらいうまい理屈で自己肯定して!!)



finalventさん、4人お子さんいるの楽しそうだなあ。
feecleっていうミニブログサービスがあって、そっちでfinalventさんに絡んでた時に、
やたら子供が大量に出てくる印象があって、近所でボランティアでもされてるんかいなと思っていたけれど、
ご自身のお子さんだったりしたのですね。


フリーランスのお父さんっていいですよね子育てにきちんと関わってて。もちろん誰もがそうできるわけじゃないけどね。
親の世代の男性の子育て論って、お前孕ませただけであと任せて働いてただけじゃんみたいな人に言われてもみたいな
昭和根性論が多くて聞く価値なかったけど、こういう人が子供はいいっていうのならいいのかもしれないと思った。


難病を抱えていらっしゃったり、同世代で亡くなられた方に思いを馳せたりされてて、
なんだかまとめに入られているところが無きにしもあらずというか、
元々体系の人だから自分の人生も意味づけてまとめちゃおうとしているところが見受けられるけど、
個人的にはあと50年は生きて欲しいです。


finalventさんの使命的にはまだまだこれからなんじゃないとか思うし。勝手に。
50代で物わかりいいのってどうなんでしょう。そういうもの?


たまに実家帰ったついでに小布施の葛飾北斎美術館とか行くんですけれど、
晩年の絵とか心底かっこいいです迫力あって(享年90歳)。
その頃の号なんて「画狂老人卍」とか入ってて、人生を総括する気ゼロですよね。
描きたいものがあったんでしょうね。目の前にずっと。


あと好きな指揮者にアルベルト・ゼッダさんという方がいらっしゃるんですが。
ロッシーニを愛して止まない84歳のイタリア人。汗びっしょりで全身全霊のアツい指揮をするんですが、
オケも場もガラっと変わってしまうくらいみんなが引き込まれる(今年も9月に来日されますが聴きたい)。
この人も多分総括とか頭にない。ずっと目指すものがあるのかなあって思う。



そりゃ、50歳や60歳で静かに亡くなってしまう方も多いだろうけど、
むしろ長生きしてこれくらい鬱陶しいのも素敵だと思うんです。まあ鬱陶しいけど。
(世の中には鬱陶しい可愛いというジャンルがあります大丈夫。)



finalventさんにこれからもどんどん知が蓄積されて、バランス良く世界を眺められて、
納得したり呆れたり笑ったり絶望したり許したりして暮らされるのかもしれないけど、逆に偏っていくのもアリだと思う。
希望も絶望もいいけれど、どうか好きなことを。



それで30年後とかにTwitterで50代相手に脊髄反射で「死ねよクズ」とか言ってても、
きっと我々は画面の向こうで大喝采で愛するでしょうfinalventさんを。
それで死んじゃったらその後半の総括は、何なら我々が適当にしておきますし後で。
(多分)とかたくさん入ってるかもしれないですけど。脳が足りないのでそこはすみません。



なんか読んだままの勢いで書いてすみません。
感想は推敲したら面白くないだろうしとりあえずあげちゃえ(言い訳)。
素敵な本をありがとうございました。
これからもfinalventさんの体系をずっと楽しみにしています。
私ももう少しは勉強して生きていきます。
あと娘さんについて詳しく教えてください。