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歴史という知力。

気が向いて、おじさん向けだなあと敬遠していた文藝春秋(二月特別号)を買った。
おじさん向けだった。『昭和の美女ベスト50』に和んだ。
たまにはいいですね。よくわかんないけど。


まだ全部の記事は読んでないけど(こういう雑誌って全部読むもの?)、
過日『ローマ人の物語』を完結させた塩野七生さんが”世界史が未履修と知って”と題して見開き2ページで書かれていた文が面白かった。
三千年以上のもの歴史を一冊に詰め込んじゃった教科書の面白くなさといったら、、と、それを駆け足で学ばされる高校生には同情しつつ、塩野さんがこの日本の世界史の教科書を”羅針盤”として使っていたので、未履修になられるとその羅針盤がなくなってしまう、とちょっと困ったと書かれていた。

私が日本の世界史の教科書を羅針盤代わりに使っている理由には二つあって、第一が先に述べた、この程度の歴史知識しか持っていない人に向かってどう書くかを探ることだが、理由はもう一つある。それは、歴史上の知識ではこの程度でも、人間としての知力ならば一人前の日本人が私の読者だということを、頭に置く必要もあるからだ。この二つを頭に置いて、書いていくうえでの姿勢を決めていたのだった。(p.92)


(具体的にどういう心がけで書かれていたかは実際にお確かめください、、の方がいいのかな?)



知的には充分でも知識が不足しているという日本人のアンバランスさかあ。ふーむ。
私はローマ人の物語、3冊目くらいで挫折したので(また読もう・・)、それ以前の問題だったらしいorz..


次に興味深いのは塩野さんご紹介によるヨーロッパの歴史教育

ちなみに、外国ではどうなのかも言っておこう。息子を育てた経験からイタリアの学校にかぎるが、ヨーロッパ諸国ならばだいたい似たような事情にある。
 小学校は5年だが、ここからすでに歴史教育が始まる。息子が小学校5年のときに書かされたレポートが、半分日本人の血も入っているということで広島や長崎の原爆までの日本史だったので、程度はやさしいにしろ、5年かけて世界史を一望はしたことになる。
 3年間の中学でも、程度を少しあげて3年間世界史を学ぶ。
(中略)
普通高等学校は5年間だが、イタリアでもフランスでもドイツでも、高校の5年は大学に進む者にとっては不可欠の、教養課程と考えられている。それで、5年の高校の終了後に受ける大学入学資格試験を通って入る大学では、入るやただちに専門課程が始まる。
 それで教養課程とされている高校では、1年から5年までの5年間すべてを使って歴史教育が与えられる。
 1年目は、先史時代から始まって支那とインドとメソポタミアとエジプトという文明の四大発生地を次々と学び、ギリシア文明に至って終わり。
 そして2年目は、オール、ローマ史。(p93)


うげげ。さすが国が地続きなことあるよなーヨーロッパ(←バカ)。
日本人より身近だということを差し引いても濃密だなあ。
なんというか、普通に知の基礎なのね。
歴史知らないとバカにされるわけだ。


・・そういや私の高校の時の世界史の先生は、カリキュラム無視して薔薇戦争ピューリタン革命の話をそれぞれ1ヶ月ずつくらいやったりする人だった(たぶんこの2つのトピックが好きだったんだと思う。「ピュー」というあだなになった)。
うちのクラスだけテストの点すごい低いの。おかげで単元全部習えてないから(笑)。
受験とか考えなければ、こういう先生の方がまっとうなんでしょうね。


ちなみに私は歴史が大の苦手です。もうトラウマ。高校のときは日本史と世界史のダブル追試という、学年に一人の偉業を成し遂げていたりしました(それぞれの学年一位を拘束して個人レクしてもらって乗り切った)。
教科書もきれいなまんま、大学に合格した瞬間に捨ててしまった(←バカ2)。


今は反省しています。
なんかこう、こんな人間でも頭に入るような、
手っ取り早くなくてもいいから、面白くてはまる歴史本ないすかねぇ。
あ、ローマ人の物語か・・。


追記
塩野さんは、せめて世界史の教科書は捨てないでほしいと訴えておいででした。

絶対にいつか、役に立つ時が来る。小学校、中学校、高校とつづいて、程度を少しずつ上げたにしろ、繰り返して歴史を学んでいるヨーロッパ人と話ができるためにも。

返す返すも時すでに遅しorz..


って高校生がこの雑誌読むのか?
あ、子供や孫に伝えてということか。。