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死後ライフと脳

頭悪くて恐縮なんですが、
昔からひとつ疑問に思っていたことがあって。


私は、これだけ見た!とか酒飲んだ!って人がいるんだから、
ほんと素朴に、(幽)霊くらいいるだろう、いてもいいだろうと思ってるんだけど。


で、彼ら、記憶のある意識を持ってるよね。知能とか。
生前そのままの。
だって、ゆかりのある人の前に出てくるのは記憶がある証拠だし、
あの手この手で祟ったりするのは知能がある証拠だし。。


そうすると不思議なのはさ、
あれ?脳は?君たち脳は!?
ってことなんだよなあ。



あれ?なくても余裕じゃね人間?
脳なくても余裕じゃね?
ってドキドキする。


いやでも生きてる人はやっぱ脳がないとなあ。
スペックはいろいろあれど、努力して頭使って頭よくなってくわけで。
意識ってとりあえず脳に宿ってるんだよね。
まあ指とか髪の毛にもなんかセンサーあるんかもしれないけど、
そうはいっても物理的な身体に宿ってるんでしょう。


うーん、死ぬときに、それまで脳の機能を使ってなんやかやスタックしたものを
なんか別の魂とかに転写してんすかね。
死後はそれ使ってるんですかね。


そうすると、うきうき死後ライフ(死後ってライフ?)を送るためには
生前どれだけ自分のスペックを上げられるかってことに
かかってる感じですかねぇ。


あ、でも霊になっても学習できたりして。
あれ?じゃあ余計脳いらないじゃん。
変だねえ。



すみません小学生脳で・・。



まあ、死んだときに、意識がなくなったことを意識する主体(私)がきちんと消えてしまうのならば
死後なんて無なんですけど(というか無を認識する主体すらなくなるので、まあ、無とも言えない勢いの無なんでしょうけれど)、


万が一、案外、脳とは別に意識が存在可能だったりなんかしちゃうと、
で、それになってしまったりなんかしてしまうと、
びっくりですよね。
幽霊が脳もなしにバリバリ記憶や考え事や復讐やお礼をしてる映画を見てしまうにつけ、
なんていうか、脳の限界=自分の限界だと思って生きるのは損じゃないだろうかとか、
あと、逆に脳がなくなったときに自分はどうあるべきなのかとか、
備えておきたいなと思う夏です(何をだ)。